2007年03月25日

役。

最近、ますます色々、深くなってきた。

それは自分にとって、あまり良い事ではなくて。

見えすぎ、なので。

自分から見に行くのは、気をつけていないと深くなりすぎて、戻って来れなくなる。
何もかもが流れ込んできて、整理できなくなり、要らんモノまで取り込んでしまう。

見える事はほとんどが実生活必要な事ではなく、むしろ要らない事で。


それでも、良い事なのかなと思う時はごくたまには有って、

例えば、父ちゃんが疲れて帰ってきて寝てる時、
その手にそっと触れると、その日にあった出来事で疲れた事、
今現在、どの位疲れているかが頭の中に見えてきて。

頑張ってくれているんだなあ。
そっと寝かせておいてあげよう。


2歳を2ヶ月過ぎた我が家のゴル悠鼓。
最近、何を言ってきているか解るようになってきて。
「うわーっこの道を行くならジュピ兄ちゃんと遊べるんやなっ!」
「ちゃうで。」
「えっ!?ガビーン。」
その程度の事しか考えてないけど。

「母ちゃん出かけるの…。なんだか音がして怖いんだけど…。」
レスキューレメディをお口に垂らして行くからね。
ちゃんと伝えられる様になると、便利。


未来の事は、見ないように。
おそらく見ると希望が持てなくなると思うから。

そして、父ちゃんもそうしているようだ。
未来の事に関しては、私より解るはずだけど。
力は父ちゃんの方が上。

父ちゃんは坊主の孫。
母ちゃんは巫女の孫。


似た者夫婦さなあ。
posted by ゆめ鼓 at 23:17| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

どこに?

外仕事の職場の位置する所は、ちょうど溜まり所。

そう、すでに形を持たなくなったもの達が、自然と集まる所。

上手く出来たもので、そこは外食産業やカラオケボックスなど、
生きている人も集まる場所になっている。
昔から、溜まり所はそういう産業が栄えるようになっている。


職場の店も、座敷の一部屋には昔は動物だったものがいつも。
はいはいよしよし、良い子だね。

男子トイレにも、いつも「誰かさん」が常駐。
みながなんとなく、いつも不思議な感じに捉われる。
決して、姿は現さない。


そりゃそうだ。
エアータオルの噴出し口を除いてみてご覧なさい。

目が合うから。
posted by ゆめ鼓 at 23:36| Comment(5) | 見えるもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月03日

お供え。

れいかと夢穂にご飯を供える時、
そう広くも無い台の上、小さな小皿にご飯を乗せて供える。

最近、特に、いざ乗せるその時、

れいかが、「あ〜、そっちの方が多いと思うからそっち。」
最初から少し多めの方を供える時は、し〜ん…。

ったく亡くなってまでいちいち要求が強い奴だ。
夢穂の方は、いつでもニコニコありがと♪なのにねえ。

今朝も一度供えてから、逆にした。
posted by ゆめ鼓 at 21:30| Comment(9) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

高島田のかつら。

年末の事だが、もの凄い気迫の籠ったかつらがやってきた。
木箱に入った日本髪、高島田のかつら。

開けた途端に凄まじい念を振りまいて、形相凄まじい芸妓の顔が見える。
かと言って、こちらに何をするでもなく。

こういうのはすぐにまた移っていく。
オークションに出せば、即、売れるだろう。

しかしまあ、あまりの念の強さに写真を撮る事さえ難儀した。
左の手の甲にびりびり電気が走るような痛み。
胃のど真ん中から吐き気も昇ってくる。

なんとか写真を撮って、大きさや面裏の様子を見る所までは無理。

ところが父ちゃんが見ると、木箱を開けた時からにっこりうふふ♪
好みのタイプなのだろうが、思わず「うちの父ちゃんやしなっ!」言い置く。


オークションに出すと、早速に売れた。
終了後に、「良かったやん、可愛がってもらえるよ」
ところが、何故かもじもじしている。
何が嫌なのか?

買った相手はどうやら外国人。
とにかくメールが文字化けしたり、なかなか連絡が付かない。
振り込んでもらっても、住所が読めなかったり。

五日経っても連絡が付かず、その夜こんこんと説いた。
「相手が外人さんであろうと、うちに居るよりは良い所に行けるねんで。
嫌やったらまたそこからどこかへ行ったら良いやんか、その位出来るやろ?」
次の朝、相手からのメールは正常で発送も滞りなく出来た。


大事にして貰える所に行くんだよ。
posted by ゆめ鼓 at 19:19| Comment(2) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

初詣。

毎年、初詣は近くの小さな神社に行く。
三が日、忙しいダンナも一緒なので、4日以降7日までに。

小さな神社なので三が日も過ぎると人気も無く、
気の荒い奴らでも気軽に連れて行けた。

今年はさくらと悠鼓。
あまり歩けないさくらの為に、階段の無い裏から。

もうじき二歳、元気一杯の悠鼓は嬉しくってしょうがない。
ぐいぐいリードを引きながら歩いていく。

こら、そんなに引っ張るな。
リードを一杯に引っ張って一気にぐるりと廻る。

その瞬間、それを避ける1年11か月前に亡くなった夢穂が見えた。
おっとっと〜。

気を配ると、ほら、その樹の陰からは2年前に亡くなったれいかが。

初詣はみんなで行くものなあ。
2007年初詣。
posted by ゆめ鼓 at 18:48| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

煙の様。

先日、友人宅に行く途中、国道沿いの少し大きな病院の横を通る。
此処は、内科系の救急搬送を受け入れている、救急指定病院でもある。

夫の、この病院を目印に左折するとの言葉に見上げると、
一つの病室の窓から、白い煙の様なものが吹き上がるのが見えた。

まるでドライアイスの煙の様な白いもの。
窓の一番上辺りから、漆黒の空に広がり消えていく。


煙などでは無い。
でもそれは、煙の様に、儚いものなのかも知れない。


「うん、解った、ここ曲がるんやね。」
答えながら、それが夜空にゆるりと吸い込まれてゆくよう、

目を閉じて、ほんの少しだけ、祈りを送った。

お疲れ様でした、と。
posted by ゆめ鼓 at 21:59| Comment(5) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

蜀台。

二階の荷物置き部屋の外を通るたび、
一生懸命、おどろおどろしく気が付かそうとしてるのは解るのだけど。

ある時は、黒い雲が巻き上がるかの様に。
またある時は、鈍く黒光を放って。
時には、そのもの自体が上に昇るかの様に見せて。

生憎だが、この家では、珍しくもなんとも無い。
波長も弱すぎて、パワーが足りない。

申し訳ないのだが、怖く見えない。

私には、その龍を模した蜀台が可愛らしく見えて仕方が無い。


早く怖く思う家に、行かせてあげないとなあ。
posted by ゆめ鼓 at 19:19| Comment(0) | 見えるもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月07日

古墳公園。

近くの古墳の公園には、老犬を連れてたまに行く。
その周りは道幅が広く、車が停めやすい。

前方後円墳の前方部は、盛り土二段の公園が外周、内周広がっているが、
後円部近くは、木々や笹薮が生い茂り、夏でもその空気を冷やしている。

そしてそこでは目を閉じると、様々な異音が聞こえてくる、事もある。


さくら〜、はい頑張って歩こうね。
いっちに〜、いちに〜、はい、いっちに〜。

ん?

右足から一歩、二歩、三歩、・・・十五、十六、・・・二十一、二十二?右足?


後円部近くを歩くと、数と足が合わなくなる、事もある。


禁野車塚古墳
posted by ゆめ鼓 at 18:18| Comment(4) | ふしぎ。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

南天。

家から一番近くの公園の際には、その隣の私有地から張り出した、
大きな大きな南天の樹が在る。
樹高20m以上、幹周りは1mを越す。

大きな樹の枝葉の下に立ち、真上を見上げると、
この時期、濃緑に赤い南天の実を無数に見る。

この樹には、確かに宿る大きな暖かいものが居る。
生きる者も生きた者をも、全てを癒す暖かさ。
こちらを包み込むその暖かい力に、何度助けられた事か。


数年前の今の時期、雨上がりに近くの川を通った時、
頭の中に悲鳴に近い叫びが届いてきた。

「苦しい冷たい、誰か助けてお願い助けて。」

川を見下ろすと、雨上がりの濁流の中、可愛らしいペットキャリー。
川岸に流れ着いた流木に引っかかって。
半分水に浸かったキャリーには、もう息絶えた猫であろうものが浮いていた。

あまりの惨さに涙が止まらなかった。

増水した川には下りていけない。
こっちへおいで、さあ早く、この手においで。
左の手を差し出し、ありったけの思いを込める。

その残されたものは一気に私の左手に届いてきた。

数週間、我が家の逝った者達と共に過ごさせた後、
その子を公園の南天に託した。

その子の気は、優しく大きな南天の樹にゆっくりと吸い込まれていった。

今度は幸せになるんだよ。

この南天の樹には、優しくたくさんのものが守られている。
posted by ゆめ鼓 at 23:11| Comment(8) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

押さえる手。

先日、写真を撮る毎に、表情を変える馬の絵があったが、

今度のそれは、写真を撮る毎に、わずかに歪む。
解るや解らずやの微妙な歪みなのだが、問題はその上の、それもわずかな光だ。

苔むした緑の重苦しい光。
いや、光よりは光を吸う色。
それも普通に見れば解らないだろうなあ。

撮る毎に、それは絵に斜めに差している、様な気がする。

エッチングのさらりとしたタッチでカップ等の静物に、具象の女性の顔。
作者も一応は画家としての名もある。

アングルを変え、数枚撮って確認。

まあ、あまり気にするほどでもない。
この写真で良いだろう。

デジカメの電源を切り、絵を荷物置き場の棚に立掛けて部屋を出るその時、

その絵の焦げ茶の額縁の裏から、白い手がふわりと額を押さえるのを見た。
posted by ゆめ鼓 at 22:07| Comment(8) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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