2009年07月21日

振子時計。

その古い振子時計は、壊れていた。

振子が壊れていて、時を刻まない。
もちろん時を打つ事も無い。

ただ、旧の逸品、昭和初期の明治時計。
知り合いのその分野の職人さんに頼めば修理は可能であろう。

そのまま2階の倉庫に。


ところがいけない。

毎朝4時半、かならず一度、目が覚める。

数日、目が覚めて、ある時、遠くで時計の鐘の音が聞こえた様な気がした。

あらら。


4時半で止まっていた針を直し、振子を外した。


しばらくは休んでいて良いよ。
posted by ゆめ鼓 at 21:04| Comment(0) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

マンドリン。

その古いマンドリンは、優しくて深みのある音がした。

古き良き時代の、○UNISHIMAのマンドリン。
その音の良さは、もちろん物の良さからも来ているのだが。

ペグの傷みもほとんど無く、軽くチューニングをするとそのまま弾ける。

座って少しかき鳴らして見る。


ああ、そうだったんだ。


その大きな人は、愛する人を抱き座り、そのマンドリンを鳴らしていた。
互いに愛して止まず。
暖かくて優しい時間を、このマンドリンの音と共に過ごしていたんだ。


今は亡き二人の互いを思う気持ちが、このマンドリンをまだ残している。

このマンドリンが行く先は、必ず幸せになるだろう。

時が果てさせるまで。
posted by ゆめ鼓 at 22:25| Comment(0) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

哀れ。

白昼の国道沿い、無人キャッシュローン郡の立ち並ぶ所から、
右折してこちらの車線に入ろうとしていたその車を越して、
バックミラーで確認しようとしたら、

消えていた。

残念ながら、家まで帰り着けなかったのだろう。

posted by ゆめ鼓 at 18:29| Comment(0) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

高島田のかつら。

年末の事だが、もの凄い気迫の籠ったかつらがやってきた。
木箱に入った日本髪、高島田のかつら。

開けた途端に凄まじい念を振りまいて、形相凄まじい芸妓の顔が見える。
かと言って、こちらに何をするでもなく。

こういうのはすぐにまた移っていく。
オークションに出せば、即、売れるだろう。

しかしまあ、あまりの念の強さに写真を撮る事さえ難儀した。
左の手の甲にびりびり電気が走るような痛み。
胃のど真ん中から吐き気も昇ってくる。

なんとか写真を撮って、大きさや面裏の様子を見る所までは無理。

ところが父ちゃんが見ると、木箱を開けた時からにっこりうふふ♪
好みのタイプなのだろうが、思わず「うちの父ちゃんやしなっ!」言い置く。


オークションに出すと、早速に売れた。
終了後に、「良かったやん、可愛がってもらえるよ」
ところが、何故かもじもじしている。
何が嫌なのか?

買った相手はどうやら外国人。
とにかくメールが文字化けしたり、なかなか連絡が付かない。
振り込んでもらっても、住所が読めなかったり。

五日経っても連絡が付かず、その夜こんこんと説いた。
「相手が外人さんであろうと、うちに居るよりは良い所に行けるねんで。
嫌やったらまたそこからどこかへ行ったら良いやんか、その位出来るやろ?」
次の朝、相手からのメールは正常で発送も滞りなく出来た。


大事にして貰える所に行くんだよ。
posted by ゆめ鼓 at 19:19| Comment(2) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

煙の様。

先日、友人宅に行く途中、国道沿いの少し大きな病院の横を通る。
此処は、内科系の救急搬送を受け入れている、救急指定病院でもある。

夫の、この病院を目印に左折するとの言葉に見上げると、
一つの病室の窓から、白い煙の様なものが吹き上がるのが見えた。

まるでドライアイスの煙の様な白いもの。
窓の一番上辺りから、漆黒の空に広がり消えていく。


煙などでは無い。
でもそれは、煙の様に、儚いものなのかも知れない。


「うん、解った、ここ曲がるんやね。」
答えながら、それが夜空にゆるりと吸い込まれてゆくよう、

目を閉じて、ほんの少しだけ、祈りを送った。

お疲れ様でした、と。
posted by ゆめ鼓 at 21:59| Comment(5) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

南天。

家から一番近くの公園の際には、その隣の私有地から張り出した、
大きな大きな南天の樹が在る。
樹高20m以上、幹周りは1mを越す。

大きな樹の枝葉の下に立ち、真上を見上げると、
この時期、濃緑に赤い南天の実を無数に見る。

この樹には、確かに宿る大きな暖かいものが居る。
生きる者も生きた者をも、全てを癒す暖かさ。
こちらを包み込むその暖かい力に、何度助けられた事か。


数年前の今の時期、雨上がりに近くの川を通った時、
頭の中に悲鳴に近い叫びが届いてきた。

「苦しい冷たい、誰か助けてお願い助けて。」

川を見下ろすと、雨上がりの濁流の中、可愛らしいペットキャリー。
川岸に流れ着いた流木に引っかかって。
半分水に浸かったキャリーには、もう息絶えた猫であろうものが浮いていた。

あまりの惨さに涙が止まらなかった。

増水した川には下りていけない。
こっちへおいで、さあ早く、この手においで。
左の手を差し出し、ありったけの思いを込める。

その残されたものは一気に私の左手に届いてきた。

数週間、我が家の逝った者達と共に過ごさせた後、
その子を公園の南天に託した。

その子の気は、優しく大きな南天の樹にゆっくりと吸い込まれていった。

今度は幸せになるんだよ。

この南天の樹には、優しくたくさんのものが守られている。
posted by ゆめ鼓 at 23:11| Comment(8) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

押さえる手。

先日、写真を撮る毎に、表情を変える馬の絵があったが、

今度のそれは、写真を撮る毎に、わずかに歪む。
解るや解らずやの微妙な歪みなのだが、問題はその上の、それもわずかな光だ。

苔むした緑の重苦しい光。
いや、光よりは光を吸う色。
それも普通に見れば解らないだろうなあ。

撮る毎に、それは絵に斜めに差している、様な気がする。

エッチングのさらりとしたタッチでカップ等の静物に、具象の女性の顔。
作者も一応は画家としての名もある。

アングルを変え、数枚撮って確認。

まあ、あまり気にするほどでもない。
この写真で良いだろう。

デジカメの電源を切り、絵を荷物置き場の棚に立掛けて部屋を出るその時、

その絵の焦げ茶の額縁の裏から、白い手がふわりと額を押さえるのを見た。
posted by ゆめ鼓 at 22:07| Comment(8) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

花瓶。

「このノリタケ、ネットで売った方が高なると思うねんけど。」

ダンナがオールドノリタケの壷を持って帰ってきた。
赤ロゴのノリタケ、花絵の花瓶、景色は悪くない。

しかし、何かおかしいぞ。
妙に手触りも生暖かく、軽かったり重かったり。

何か憑いていらっしゃるのかな?

右の手と左の手、目を閉じ両の手で確かめる。
何かいらっしゃる様だが、害はなさそう、まあ、しばらく滞在して頂こう。
二階の荷物置き場にしている部屋に置く。


その後、二〜三日して、夜になってから雨が降る。

取り込んでいた洗濯物を取りに二階に上がり、ふとその部屋の扉を開けた時、

うっすらとその花瓶に花を活ける、白いワンピースの女性が、見えた。
posted by ゆめ鼓 at 22:44| Comment(2) | 見えたもの。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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